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かずかずのたまご

タマゴ戦争は止められるのか

無料になったジブリのアニメーションソフト、OpenToonzの解説本が出るらしい

今年3月にオープンソース化して無料で使えるようになった、スタジオジブリのアニメーションソフト、OpenToonzの解説本OpenToonzではじめるアニメーション制作が11月10日に出るそうです。やっぴー

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OpenToonz、すごいすごいと盛り上がっていますが、同時に使い方がわからなすぎて世界中が混乱している印象があります。もともと他の2Dアニメーションソフトを使っている人は自分が使いたい機能が分かるので、それをOpenToonzではどうやったらできるかを検索する、というようにできると思うんですけど、はじめて2Dアニメーションをやるときには体系立った解説に一番初めにとっつきたいですよね。

 

今回発売される『OpenToonzではじめるアニメーション制作』は、ジブリ出身の泉津井陽一さんが書かれていて、目次によると、インストールの仕方から教えてくれるみたいです。

 

ところで、ソフトウェアの学習のやる気って、教材のリアリティと講師を愛せるかどうかにかかってるような気がします。

 

教材のリアリティについてですが、いかにも「この機能を説明するために用意しました」的なマテリアルだと個人的になんかついてけない。これは多分、そのマテリアルに「その先」が感じられないからではないかと思ってるんですけど、これが現場で使われたものが題材になってたり、実践的なものだと、「うんうん、確かにそのシチュエーションだったらその機能必要だよね」的な感じで染み込んでくる印象があります。

 

講師を愛せるかというのは、僕は語り手の気配が全く感じられない超客観的な語り口だと全然頭に入ってきません。かといってパーソナリティが前面に出てても、その人と相性が合わないとそれはそれで辛いから、全く学習っていうのは大変ですよね。

 

ところで、アメリカではクリエイティブ系のソフトウェアの学習といえば、選択肢としてオンラインチュートリアルが真っ先に来ると思うんですが、日本だと真っ先に本が来る印象がありませんか。

 

日本語でもビデオチュートリアルたくさんあると思うんですけど、あんまり定着してないし巨大なライブラリも無い感じがします。これは巨大なライブラリが先か、需要が先かというタマゴ・鶏問題みたいなのもあるかもしれないですけど、文化的なものも影響してるんじゃないかと思います。とにかく講師のノリが圧倒的に違う感じがします。英語のチュートリアルでは、「こんな感じでこんな風にやりたいよなぁ? どうやるかワカンねぇよなぁ?! そんな時はな、この機能使えばあっという間だぜ! すげぇよな!」みたいな、ヒトデ祭り的ノリの、苦行感がないチュートリアルが多いんですよね。PluralsightでOpenToonzやってくれたらいいなぁ。

 

なにはともあれOpenToonz本楽しみです。ほなほな

 

OpenToonzではじめるアニメーション制作

OpenToonzではじめるアニメーション制作

 

 

村上春樹を読むのに適した環境について

 

どもども、かずかずです。

 

村上春樹が小説家とはどういうものかを語った「職業としての小説家」が先日発売されました。

 

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この本は村上春樹が語り口調で読者に語りかけるように、彼の小説家になる前の生活、小説を書くことになったきっかけ、小説を書く手法、世の中の物事に対する彼の考え方(政治的なものとかも含め)、読者とのつながり方、など12のテーマについて書かれています。すごいサクッと読めました。

 

以前から村上春樹を知ってる人にとっては当然の情報もたくさん載ってます。僕は比較的最近春樹を読むようになったので、へぇ、へぇ、といった感じで楽しく読めました。

 

その中で、自分の最近の春樹の読み方に関して考えさせられたトピックがありました。それは例の春樹っぽい文章についてです。

 

彼が初めての小説『風の歌を聴け』を書いた時(のちのデビュー作となる)、当時春樹は日本の小説を全然読んでいなかったため、どのように書けば良いかわからなかったそうです。それでも一通り書いてみて、ようやく書けたけれど出来はがっかりするようなものでした。

 

そして春樹は、感じたこと、頭に浮かんだことを自由に書くための、「小説らしさ」からの脱却が必要であると考えました。そこで試した方法が、まず英語で書いてから、それを日本語になおしていくというものです。それは非常に効果的に働きました。また、簡単な表現でも、組み合わせによって実に様々な感情を引き起こすことができると発見したのです。

 

僕は小さい時からずっと、日本生まれの日本人として日本語を使って生きてきたので、僕というシステムの中には日本語のいろんな言葉やいろんな表現が、コンテンツとしてぎっしり詰まっています。だから自分の中にある感情なり情景なりを文章化しようとすると、そういうコンテンツが忙しく行き来をして、システムの中でクラッシュを起こしてしまうことがあります。ところが外国語で文章を書こうとすると、言葉や表現が限られるぶん、そういうことがありません。そして僕がその時に発見したのは、たとえ言葉や表現の数が限られていても、それを効果的に組み合わせることができれば、そのコンビネーションの持って行き方によって、感情表現・意思表現はけっこううまくできるものなのだということでした。(『職業としての小説家』より)

 

この新しい手法を採用することによって、あの春樹独特の比喩が生まれました。

 

ともすれば突拍子もない印象すら与える彼の比喩は、村上春樹の代名詞のように語られます。僕も時々ツイッターなどで、村上春樹の言葉遣いを真似て投稿したりして遊んでいますし、先日海外のハルキストに『ハルキムラカミビンゴ』の存在を教えてもらいました。これは猫が消える・パスタを茹でる・都会のアンニュイ、など村上春樹あるあるをビンゴ風にまとめたものです。

 

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こんなように、村上春樹の作品を楽しむ人は、こうやって「彼の表現ってこんなだよね、わらわら」というような、「嫌いじゃないけどのめり込んでませんよ」みたいな、ちょっと斜に構えた感じで遊ぶのが好きみたいです。 

 

でも、こういう、村上春樹調の表現で遊ぶのはとても楽しいのですが、これ自体は春樹の作品のほんのごく一部分であることを忘れないようにしなくては、と最近改めて思いました。

 

つまり、彼の表現自体というか、例えば「黄色い雨ガッパを着た人々」を「雨の朝にだけ地表をさまようことを許された特殊な魂」と形容することは、効果的に感情が引き起こされるからそう表現されているということです。ところが、「これが村上春樹だ!」という意識が膨れ上がってしまうと、僕は気づかないうちに、言葉や表現の組み合わせによる「感情表現・意思表現」の部分を見過ごしてしまっているかもしれないと思ったのです。ちなみに今のはノルウェイの森(下)に出てくる表現です。

 

僕は電車の中などで村上春樹を読んでると、ふと、文字だけ、言葉だけを追ってるといった状況になってしまうことがあります。そのような時は物語の現場で何が起きているのか、それがどのように表現されてるか、といったこと自体は把握できているのですが、必ずしもそれらによって何かしらの感情が引き起こされていないことがあります。

 

村上春樹は小説を書く作業について「意識の下部に自ら下っていくこと」「心の闇の底に下降していくこと」と説明しています。そして、たまに「深い井戸の底に一人で座っているような気持ちに」なったりするそうです。とすると、読む側の僕は、僕は僕で自分の心の中の井戸に、彼の言葉や表現を落として、ヒューーーー、ぽちゃん、みたいな。そのぽちゃんの音が聞こえるような状況でようやく春樹の小説の本当の面白さが感じられるのではないか。そういうようなことを思うようになりました。

 

考えてみれば当たり前なのですが、隣の人の足の広げ方が半端なかったり、目の前の人が次の駅で降りるのか降りないのか、そして降りたとしてその席に自分が座れるのかそれとも誰かに取られてしまうのかということを気にしてしまったり、隣の女性なり男性なりがウトウトしながら今にも僕の方に転げ落ちそうになっていたり、向かいの幸せそう感の演出に必死になっているカップルの会話が終始聞こえてきたり(どうでもいいんですけど、微笑ましいカップルとそうでないカップルっての違いってここら辺だと思うんですよね)、そんな状況で、心を侵食可能な状況に置いて小説を読むなんてことは、なかなか危険な行為です。

 

僕は学生時代に春樹を読み始めました。その頃は比較的時間があり、夜一人ベランダでじっくりと読んでいました。ベランダでは隣の神社の庭園のせせらぎやら虫の鳴き声やらが聞こえてきて、本当に気に入っていました。その神社の宗教法人が運営している、安いけど静かで小ぎれいなアパートです。確か最初に読んだのは『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』と『海辺のカフカ』でした。そして、あの頃はネットで出回っている「村上春樹っぽい表現で話そうぜ、わらわら」といった記事が全然理解できませんでした。「僕今、春樹読んでるけど、こんな書き方だっけ?」と思っていました。

 

ところが最近は村上春樹を読んでいると、ほぼ自動的に「出た、春樹節!」と思ってしまいます。これは、以前の僕が言葉を井戸に落とした後の音を聞いていたからなのか、それとも逆に、今の僕が表面的な部分に気を配れるようになったのか、どっちとも取れますけど。

 

最近は主に移動中にノルウェイの森を読んでいて、ちょうど昨日(上)を読み終えて、これが正直全然面白くないと感じているんですが、もしかしたらそれは環境によるものが大きいのかも。だとしたら、あぁ勿体無い勿体無い。

 

だからといって小説だけを純粋に読むという時間を作り出すのは難しいことなので、春樹との、というか小説との接し方はなかなか難しいものです。

 

なのでリッチで暇な学生は、今のうちにしんとしたところで本を読んどいた方がいいかもしれません。そしてこちらリンクから買っていただけると僕にチャリンとお小遣いが入るので是非よろしくお願いします。ビコーズ・アイ・ニード・マネー。

 

ほなほな

涼しいまま夏が終わってくれたら僕は嬉しいけど、そしたら蝉が困る。「私も困るわ」と母は言った。

(この投稿は、村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』のネタバレが含まれます。)

 

二週間くらい前の大して暑くないある日、僕は今年初めての蝉の声を聞きました。

 

その日は本当に全然暑くなかったと記憶しています。ちょっと早とちりしてしまう蝉は毎年少なからずいるものです。

 

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20%オフでGmailを独自ドメインで使えるよ!

Google Apps for Workの宣伝です。

 

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みなさん普段からお使いのGmail、Googleドライブ、Googleカレンダーなどなど、Googleが無料で提供する最強ツールたちには感謝を通り越して、あって当然の存在になりつつあります。

 

しかしビジネスで使うとなると、「@gmail.comを変えたい」とか、「Driveの容量がもっと欲しい」とか、もっと色々求めたくなりますよね。それを可能にする有料プランがGoogle Apps for Workです。さらに今ならなんと20%オフで契約できちゃいます。

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1時間600円(税別)も払ってコワーキングスペースを使う理由はあるのか

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「新しい働き方の必要性」的なサムシングが叫ばれて久しいですが、会社勤めであろうとフリーランスであろうと学生であろうとニートであろうと、誰しも一回はカフェでノマドしたことがあるんじゃないでしょうか。

 

特にマクドナルドの100円コーヒーのコスパは最強です。スタバもおかわり制度を使いこなせばわりと安上がりですよね。こんなご時世にコワーキングスペース使ってる人って何なの? リッチなの?!

 

僕たちは原宿にコワーキングスペースを構えています。今日はもっと多くの人にコワーキングスペースの良さを知ってもらうために、コワーキングスペースの何がいいのかを紹介していきたいと思います。

 

果たして1時間600円(税別)も払う価値はあるのでしょうか?!

 

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これからは映画を個人で配給する時代らしい ーシリアの実情を伝えるドキュメンタリーを配給する2人のフリーランスー

Netflixが! Huluが! あの映画の配給権を獲得! というニュースを最近よく見かけます。ネットの利を最大限に使って、今まで以上の規模とスピード感でコンテンツを配信するのがスタンダードになっている映画業界。そんな中、この流れに逆行するような、個人の抑えきれないパッションによって実現する映画配給があります。

 

 

僕は今、映画館付属の夜間学校的なところに通っていて、いつも遅刻ギリギリなんですが、その日は授業の始まる遥か30分前に教室につきそうでした。教室の前の廊下で模造紙にぺたぺた貼ってる女性がいて、僕は「ふーん」って思いながらなるべく存在を消して教室に入ろうとしました。

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日本のアニメが好きになれない悲しい気持ちへの解

 どもどもやっしー、かずかずだよ。

 

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今日、東京現代美術館(MOT)行ってきました。ピクサー展は求めていたクオリティを満たしており、かといって超えてもきませんでした。常設展の豊嶋康子コーナーが激やばクレージー。大量の豊嶋康子名義の通帳が並んでて、タイトルが『口座開設』。「この人、きっと普段とんでもないマザファカビッチなこと考えて生きてるんだろうな」って思いました。尊敬

 

MOTの地下に、美術系書籍を集めた図書館があって、うわー美大の人たちこういうの沢山読んでるんだろうなーと果てしない気持ちになりました。でも、知識の広さをカバーするより、まずは一つの興味を深めることだと思って(これについてはまた今度じっくり話したい)、アニメーションの棚に直行しました。

 

そんで宮崎駿関連書籍をかっさらって席で読んでたら、面白いエッセー発見したんですよ。『クリエイターズファイル 宮崎駿の世界』という、いろんな人が宮崎駿やその映画について書いたエッセーやら小論文を集めた本です。その中に『〈趣味〉の政治学 〈おたく〉という概念』(森川嘉一郎)ってのがあって、これが僕の中での「日本のアニメ」に対する葛藤を解いてくれました。

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